一人と向き合う肖像写真展

鬼海弘雄

『この人を見よ Ecce Homo』

at Laboratory of Art and Form 4.19 – 5.10

 

「ポートレートは時間。その人が来た時間、これから行く時間を撮るんだよ。

それは内面性と言ってもいい。そうしたら、情報の少ないモノクロで、背景は無地に行き着いたんだ」

 

その一枚は、わたしに語りかけてこなかった。

なにかを感じることができなくて、表面的なことが浮かんでは消えていく。

傘を折り束ねるホックのひもに「ナイロン」と書いてあってかわいいな、身体の傾きと指先の流れが決まっているな――

 

感じるって難しいなと思った。

いかに日々、即時的ですんなり入ってくる類の心地よさや快楽だけを浴びているかを思った。

 

企画展をみにきたからといって、かならず何かを感じなければならないというルールがあるわけではない。

それでも、このような空間にこのように展示されているのだから、何かを感じとらないといけないのだと、無意識にルールを背負っていた。

 

一方で、何も見たくなかったり、読みたくなかったり、慢性的に目に入る“美しい感じのもの”がしんどかったりもする。

だから、その流れを止めて、目の前の一つをゆっくり見つめることの安らぎも感じた。

情報の少なさは、ときにとても豊かで。

 

企画者の蔵書である鬼海さんの写真集を見せてもらった。

1970年代から2010年代の東京の片隅が映し出されている。

人物は写っていないけれど、洗濯物やさまざまな生活の気配から、人の営みや日々のよろこびが立ち現れて、少し切なく、やさしく、心地よかった。

それは作家の眼差しがそうであるからなのだなぁ

作家の切り取りたいものが、世界を見る温度そのもので、だからこそであり、人が表現することは、それでしか成立しないと感じた。