描きたいものを描きたい
ただ一枚ずつ向き合う
全体を見れないとき
襲う不安。
それを安心へ導くために、
大きく4つの旗を立てました。
さまざまな顔を見せる絵たちが
どの旗のもとに分けられるのか、区分けを行うことで安心して描き進めることができています。
今、私は変化している。
だから、誰かに絵を見せるとき、とても恐い。
この感覚は、
Your best work is what makes you the most uncomfortable.
ーあなたの最高の作品とは、あなたにとって最も居心地の悪い不快な作品である。
という一文に通じると感じています。
また、
・表現は恐さをともなう
・表現は恐さの克服
先日Podcastを聴いていて心に残った言葉です。
誰かに見せること、世間に問うこと・晒すこと、もしこれらをしなかったら、ただ描きたいものを描くことを自分にゆるしてあげられたら、そもそもそんなこと念頭にもなく突き抜けていたら、恐さなど生まれなくて、リラックスして安心して描くことができるはず。
それなのに自ら飛び込んでゆくのは、誰かとつながりたくて仕方がないからなのですね。
でも、誰かとつながりたいと願うとき、嫌われたくなくて気遣いが過ぎたり、明るく振る舞い、いい人に思われたいなど、本当の自分を薄めてしまうことがよくあります。その気遣いや思いやりも含めて自分であるといえばそうだけれど、その奥にあるのは恐れであり、自分も相手も満たすことはできない。
決して自分を押し付けたくない。でもやっぱり知ってほしいし、知りたい。うごめく生の気持ちを伝えたい。私は絵を信じている。
その揺らぎが、人間ということなのかな。
表層は人の数だけあり。
今、とても人間です。
